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院長からのメッセージ 福井むつう整体院 院長 春木 重幸

イネイト療法?原因療法?

聞き慣れない言葉に、多くの皆さんは、「何それ?」という表情をお見せになります。
「あなたの内側には凄い力がある」、「あなた自身があなたを癒す」
こういう言葉を掛けられても、「うーん確かにそれはそうだけどー?それだけで片付く事なんて少ないしー?何となく頼りなくて、とても物足りない!全てがそれで片付くのなら、今までの医療の発展は何だったの?」と、ほとんどの方はそう考えるのではないでしょうか?

実は私自身も、身を持って、自己治癒力の体験を何度も何度もしているにも関わらず、まだまだそんな気持ちが心のどこかに座り込んで居ます。それくらい人は自然の力を素直に見つめる事が出来ないのです。しかし現実としていろんな症状に影響が及びます。

「イネイト=In nate」という言葉は「イン・ネイチャー=In Nature」、「内側にある自然」という意味です。
冷静に私達の生きているという営みを見て下さい。本当に不思議な事ばかりです。心臓が一定のリズムを保って血液を送り出しています。時と場合、状況に応じてオートマチックで速くなったり遅くなったり、ほんの手先の事だけをみても、そんなに意識しなくても自由自在に指が動いたり、本当に冷静に見つめてみると不思議な事ばかりです。生きているだけで奇跡とよく言われていますが、正にその通りです。
普段、私達は、そんな事は当り前にして、全く意識していないのですが、その精緻な営みを見る度に、私は「内側の自然の力」に大きな期待を掛けてしまいます。

内側の自然=イネイトの邪魔さえしなければ、本来はもっともっと健康で快適に過ごす事が出来る。この理論は、とてもシンプルですが正しいと思っています。
イネイト療法は、現代人の暮らしによってちょっと眠ってしまっているイネイトを、本来のパワフルなイネイトに呼び覚ますために様々な工夫を凝らして来ました。今は、多くの皆様にイネイトの力を体感して頂けるようになっています。是非一度、皆さん自身が備えているイネイトの力を体感してみて下さい。

私達の身体と心の内側に、「自然」という大きな力が存在します。私達の外側にも「自然」という大きな力が存在します。内側の自然は、私達を寿命までしっかり生かそうとするのが仕事です。外側の自然は内側の自然を常に助けようとしているみたいです。
この、双方の自然を、最も邪魔をしてしまっているのが、私達人間だそうです。
正に、言われてみればその通りですね。

現在、何故むつうの仕事に携わっているのか?

私は、腰椎分離症すべり症を持っています。
発端は中学1年になったばかりの頃。走り高跳びの練習中に、ピキッ!という音と共に腰に熱いものを感じ、痛くてしばらく動けなくなりました。後で思えばこれが腰椎分離症のきっかけでした。
当時いくつかの病院を転々としましたが、どこで診てもらっても特別な異常は見つからず、そのままズルズルと時が過ぎて約3年が経過しました。

でもやはり痛い時は異常な痛さ。何かがおかしい?心配した両親に連れられ、民間療法で、百年にひとりの天才と囁かれていた当時70過ぎのおばあちゃんの治療院に行きました。
その治療院は、石川県白山の麓に近い山深い地に、街中の喧騒から離れて、自然の真っ只中のとても静かな環境の中にどっしりと腰を下ろしているように在りました。治療院というよりも、山奥にある茅葺屋根普通の民家という佇まいで、沢山の人がそこを訪れていました。もんぺにエプロン姿のとても優しいおばあちゃんで、天才治療師というイメージからは随分かけ離れていました。電波が大嫌いと言うことで、テレビもラジオも無かった事が印象的でした。

そのおばあちゃん先生は、私の正座の姿勢を見て、
「腰の所に異常がある。近くの病院でこの角度からレントゲンを撮って貰い、根気良く通って治して貰いなさい。」
言われた通りに病院でレントゲンを撮って貰ったら、病院の先生の感嘆のひと言。「よーくこんなところが分かったな?」この時、子供ながらに「本当に天才って存在するんだ!!」と実感していました。
注射で治療を続け、無事痛みから解放され快適な生活を取り戻しました。が、当時の病院では、腰椎が割れてしまっていた事には気付いて貰えなかったのです。

24歳の頃から慢性的な腰痛がまた始まりました。35歳の頃、いよいよ症状が悪化して、最悪の状態になりました。幾つかの病院で診て貰いましたが、何処に行っても「早く手術をしないと取り返しのつかない事になるぞ!」と言われるだけ。そんな中、たった一人の整形外科の先生が「手術はとても危険!殆んどの症状は自分自身で治さないと治らない!」という、衝撃的な言葉を・・・。その言葉を信じて、腰痛から完全に脱出する事が出来ました。実はこのような出来事が、今現在の大元の原点となりました。

元々は技術屋でした。
とある伝統工芸の分野をシステム化する開発プロジェクトの一員として、結構なプレッシャーとストレスは常に抱える毎日でしたが、仕事は嫌いではありませんでした。
偶々その開発は成功し、若気の至りか驕りか、どんな仕事でも標準化してシステム化できると、本気で思うようになっていました。
「便利な世の中を作ればみんなが幸せになる!」
がむしゃらに走り続けて約20年。
ふと周りを見渡したら、結局職人さんの仕事を奪い、その業界の納期価格競争を煽ってきただけ、自分の一生これで良いのだろうか?と迷い始めました。

そんな時です。イネイトという考え方を研究し開発して広めようとしている木村先生に出会ったのは・・・。
天才治療家のおばあちゃん先生が木村先生とだぶって脳裏に浮かんできました。
「あなた自身があなたを癒す」・・・「内なる叡智が最高の癒し人」
これなら、誰もが幸せになれる!
思いはどんどん募るばかり。この道にのめり込むことになりました。

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