今月の特集 こころとからだと環境について考えるvol.2 南の島の豊かな暮らし

こころとからだと環境について考えるvol.2 南の島の豊かな暮らし 書籍「パパラギ」に見る現代社会

私たちが暮らしている日本は、様々なテクノロジーを駆使し、世界の中でも群を抜いて便利な社会といえます。普段何気なく口にしている食べ物や、当たり前だと思っている生活は本当に「当たり前」なのでしょうか。今回は一冊の本「パパラギ」から私たちの今置かれている立場について考えてみます。

 

文明社会へのアンチテーゼ「パパラギ」

 
「パパラギ」は南太平洋の西サモア諸島、ウポル島に住む酋長ツイアビが、ヨーロッパの文明に触れたのち、彼の目から見たヨーロッパを島の仲間に語る演説集です。自然と共に生きる彼の目線からみた文明社会とはどんなものなのか?本のタイトルになっている「パパラギ」とは“ヨーロッパ人”“白人”という意味。欲深く愚かで、自然を恐れない人々として描かれています。
  不自然の中で生きるパパラギ  
  ツイアビはパパラギの不自然な行動について一つ一つ挙げていきます。それは私たち日本人からすればごく当たり前のことですが、、そんな事も決して見逃さず、不自然だと訴えます。
まずツイアビは「パパラギは、いつもからだをきちんと包むように心がけている」と指摘します。「パパラギのからだは、頭から足の先まで腰布や、腰みのや皮でしっかりと包まれている。どんな光りもはいることができない。だからパパラギのからだは、まるで深い原始林に育つ花のように、やつれて青白い。」また、靴についてはこのように表現します。「足は柔らかい皮と固い皮で包まれている。(中略)この皮で、パパラギは、ちょうど足がはいるくらいの、ふちの高いカヌーを作る。一つのカヌーを右足に、そしてもう一つを左足に。(中略)パパラギは、この足皮を日の出から日の入りまではき続け、マラガ(旅行)にも行けばダンスもする。たとえスコールのあとのように暑くても、脱ぐことはない。
これはいかにも不自然なことだから、足はもう死にかけていて、いやな臭いがしはじめている。実際、ヨーロッパ人の足は、もうものをつかむこともできず、やしの木にだって登ることはできない。」
自然の中で生活する彼らにとって洋服や靴は異常なことであり、人間の能力の低下ととらえます。足が痛くないように履いている靴が結果的に足を弱くしている、文明とはすべからくこのようなことではないかと、ツイアビは考えます。
 
 

お金に取り付かれているパパラギ

 
「ヨーロッパでは、お金がないのは頭がないのと同じ。手足がないのと同じ。おまえはお金を持たねばならぬ。お金は、食べることや、飲むことや、眠ることと同様に大切である。お金をたくさん持っていればいるほど、おまえはいい暮らしができる。お金があれば、たばこも、腕輪も、きれいな腰布も手にはいる。お金があればあるほど、たくさんのたばこや指輪や腰布が手にはいる。お金があればあるほど、よけいに手に入れられる。だれでも、よけいに物を手に入れたがる。だからだれでも、よけいにお金を持ちたがる。他の人よりもよけいにお金を持ちたがる。だからお金に恋こがれ、いつでもお金に目をこらしている。丸い金属を一つ、砂に投げてみるとよい。子どもたちがその上にころげ込み、戦いをはじめる。うまくつかんだ子どもは、幸せな勝利者だ。---だが、めったにお金を砂に投げる人はいない。」
お金というものはいつの間にか人間を貪欲にしてしまう。その事実に驚き、さらにツイアビの住む世界は、お金に束縛されていない世界であるということに驚きを感じます。
「つまり、白の世界で一人の人間の重さを測るのは、気高さでもなく、勇気でもなく、心の輝きでもなくて、一日にどのくらいたくさんのお金を作ることができるか、どのくらいたくさんのお金を、地震があってもびくともしない、がんじょうな鉄の箱の中にしまっているかなのである。」
なんとも悲しい言葉ですが、私たちの誰がこれに反論できるのでしょうか?ツイアビの島では、財産はすべて共有制で、皆で分かち合います。あらゆるものは“大いなる心”の作ったものであり、個人が所有すべきではない、という考え方なのです。“大いなる心”とは自然であり、宇宙であり、神。食べ物も小屋も、寝るときに使うむしろも、大いなる心の創造物だと、ツイアビは言います。
お金が無い世界、個人財産がない世界とはなんという自由なのでしょう?人間はお金のことを考えなくなった時には何を考えるのでしょうか。
「たくさんの島々の兄弟たちよ。覚めていなければならない。澄んだ心を持たねばならない。(中略)私たちは、あのおおいなる心の物のほかには、ほとんど物など必要でないということを決して忘れてはならない。」
ツイアビは“大いなる心”自然がもたらす恵みだけを必要とし、決してそれ以上を求めてはならないと説きます。なぜなら、自然界にさからって、洋服や家や様々なものを作り出したパパラギは決して幸せそうには見えないからです。
  考えるという重い病気  
さらに現代人の病気の一つとして“考える”ということを挙げています。「日が美しく輝けば、彼らはすぐに考える。「日はいま、なんと美しく輝いていることか!」彼らは切れ目なく考える。「日はいま、なんと美しく輝いていることか!」これはまちがいだ。大まちがいだ。馬鹿げている。なぜなら、日が照れば何も考えないのがずっといい。かしこいサモア人なら、暖かい光の中で手足を伸ばし、何も考えない。頭だけでなく、手も足も、腹も、からだ全部で光を楽しむ。」頭ばかりが先行して、体が鈍感になっている私たちの生活に対する痛烈な批判といえます。「今日の気温は○度だよ」と言われて初めて「そういえば寒い」と気づく現代人。自然とあまりにもかけ離れた生活をしてしまっている代償がここにあります。
  私たちがこの本を読んだからといって、明日から裸で生活をするというわけにはいかないでしょう。しかし、私たちがパパラギから学ぶことはたくさんあります。「貪欲になりすぎていないか?」「不自然でないか?」「驕っていないか?」「頭でっかちになっていないか?」「カラダとココロのバランスは崩れていないか?」
そして私たちは、環境破壊による地球温暖化や様々な自然災害を引き起こしている現在の状況を鑑み、今まで以上にツイアビの言葉を真摯に受け止めなければいけないのではないでしょうか?
 
パパラギ ―はじめて文明を見た南海の酋長ツイアビの演説集
パパラギ ―はじめて文明を見た南海の酋長ツイアビの演説集
 
(岡崎照男訳/立風書房刊)
 
     
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